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大阪 堺筋本町のコンサル

大阪の堺筋本町に本社を構えるテレワークのコンサルタント部4人が運営するブログです。自らに毎週(月水金)と画像を添付するという条件を課しました!

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ブランド力 

曾田です。

今日はブランドの話。

と言ってもファッションブランドではありません。

いわゆる企業ブランドの話。

私は今年で44歳ですが、私にとってパソコンメーカーのブランドと言えば

中学生から高校生時代に知ったアップルやIBMであり、

そして大学時代に愛用したNEC、Fujitsu、

TOSHIBA(Dynabook)です。

やはりSONY(VAIO)、Panasonic(Let’sNOTE)は、後続ブランドであり

DELLやHPやエイサーなどに至っては、自分の中では

ブランドという範疇にははいらないですね。


「ブランド力とは」を、ググると

はてなキーワードで、すっと入ってくる答えがありました。

消費者に「このブランドだけは特別」と思い込ませる力。
消費者の心を惹きつけ、購買に至らせ、買い続けてもらう力。


なるほどわかりやすい。

ある特定の分野で、会社名だけで安心して購買できるものです。

これを、家電の分野で考えると、


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SEOの考え方をアナログの世界で・・・ 

こんにちは、長尾です。

前職で、集客する為の販促についてご提案することが多かったので、町で見かける店舗なども分析してしまう癖があります。

自宅の最寄り駅周辺の店舗を観察してみるとやはり、店長やスタッフの”感覚”や”視点”販促活動をしていてお客に伝わっていないのではと思う事が多々あります。

販売促進というかマーケティングの基本となる切り口でアメリカのマーケティング学者、ジェローム・マッカーシーが唱えた4Pというのがあります。

price:価格
place:場所、流通
product:製品、サービス
promosion:プロモーション(狭義の販売促進活動)


販売促進活動は以上の4Pをいかに効果的に組み合わせてお客の反応を上げるかということですが、集客を必要とする店舗はここをもっと掘り下げる努力が必要かと思われます。

ウイルス騒動 その4 ウイルスが消えない? 


 こんにちは。システム担当大野です。

 ウイルス騒動の4回目です。

---前回までのあらすじ---
 知り合いの事務所から、ウイルス駆除の依頼で訪問。怪しいファイルがありますよとウイルスソフトが教えてくれるのだが、エクスプローラーから見えない!どうやったら見えるんや・・・。
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 怪しいファイルはFFFTPとか7-zipというファイル閲覧目的でないソフトを使えば見えるというところまで前回判明しました。

 何から手をつければよいのか分からないため、とりあえずウイルスソフトを最新版にして全てのドライブに対してウイルスチェックをかけました。

 そこから無限ループに陥ることも知らずに・・・。

目標はSMARTに! 

曽田です。

マネジメントの世界で言われるのが、目標の設定はSMARTなものにせよ!

という言葉。

別に洗練された目標を立てろと言っている訳ではなく

SMARTの5つの頭文字の定義にあった目標を作りましょうという事。

メルセデスSMART
↑これは、メルセデスSMART (ブログの内容とはあまり関係有りません)


その頭文字の内容は、


1次試験突破しました! 

こんにちは、長尾です。

前回の担当の時は中小企業診断士1次試験の前日でした。

で、結果は標題の通り、クリアしました!!
(発表は9/5ですが診断士協会からの解答速報で自己採点しました)


中小企業診断士試験は個人的に難攻不落という資格ではないと考えています。

ですが、1科目の範囲が膨大な上、7科目もあるということでボリュームに泣く試験です。

科目は経営コンサルタントに必要なスキル・技術を網羅しており実践的な部分が多くあります。


ウイルス騒動 その3 それの名は・・・ 

 こんにちは。システム担当大野です。

 ウイルス騒動の3回目です。

---前回までのあらすじ---
 知り合いの事務所から、電源を入れるたびにウイルスのサイレンがなって困ると電話。ヒアリングすると、c:\hc1o3bo.exeを削除しましたってメッセージが出ているとのこと。しかしそれをググっても何も出ず、とりあえず一度訪問することとなった。
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 さて、訪問して件のUSBメモリを1台だけきちんとウイルスソフトをインストールしていたマシンに刺して見ます。するといきなりアラート。
 メッセージの中に「win32:kavos」というのを見つけました。


高速道路1000円体験 

曽田です。

お盆休み4日間いただいて、実家(山口県防府市)に帰ってきました。

13日から16日までのお休みでしたので、

高速道路の料金1000円制度を満喫すべく、

12日夜は仮眠をしてAM1時30分に起床

子供を起こしつつ準備をして2時30分に兵庫県宝塚市を出発

最寄りの宝塚ICから乗ると350円別にかかるので
(都市圏は別料金の範疇に引っかかる)

西宮北ICまで山越えをして、一路山陽自動車道を西へ!

がっ!なんと夜中の3時というのに、道路情報の表示機に

赤穂渋滞 11キロ」の表示!?

まさか~?と家族で話をしながら、姫路を抜けて龍野あたりから

ほんとに渋滞してました。

実際、山陽自動車道西向きでは、赤穂と相生の間は

上りとトンネルで自然渋滞が発生しやすい場所であるのですが

この時間に発生しているとは思ってませんでした。

(また今回の帰省でびっくりしたのは、SAとPAの混雑です。
みなさんSAやPAで車を止めて仮眠している人の多かったこと)

30分程度で渋滞を抜け、あとは順調に進むことができました。

あまりに順調だったので、直接実家に入らず


ウイルス騒動 その2 

こんにちは。システム担当大野です。

ウイルス騒動の2回目です。

まずは訂正を。

前回、OTORUNというウイルスだったと簡単に書きましたが、
それを特定するまで時間がかかりました。



功過格 


曽田です。

前回の続きで、

運命は宿命にあらず、立命である。

そしてその立命は、その人の想い、行動で決まるという話です。


前回、陰隲録(いんしつろく)という話で、

袁了凡(えんりょうぼん)という優秀な青年が、

少年時代に見てもらった占いの通りの人生を送ることに達観し、

悟りの境地にいた。

そこに、雲谷禅師と出会い、その愚かな考えを喝破され

運命とは自分の力で切り開いていくモノであることを

教えられたという事を書きました。


上記のように書くと、袁青年は堕落した人生を送っていたようにも

思えますが、彼は進士の予備試験に合格するほど勉学に励み

今で言うと、国家公務員上級試験の受験者であったわけです。


いわばエリートとしての人生を着実に歩んでいた訳です。

にもかかわらず、彼の人生は少年時代に宿命づけられたままの

人生を歩んでおり、宿命の力から逃れることができていませんでした。

それは、なぜか?


運命を変えようと思っていなかったことと

善き事を想い、行動できていなかったからです。




袁青年に雲谷禅師は、功過格で、善き事と悪いことの基準を示し、

善き事を積み重ねることで、運命は良い方向に変わっていくと諭しました。


その基準が、

いよいよ・・・ 

長尾です。いよいよ明日になりました。

何がというと「中小企業診断士」の試験です。

2年前に、ふと何かを始めたいということで「資格をとろう」ということで
仕事に関係するこの資格を目指すことになりました。

でも実は資格をとるという目標は表面的な事で、本当に重要にしているのは
「決めたことを最後まであきらめずにやり切る」ということなんです。

ウイルス騒動 

 こんにちは。システム担当大野です。

 ここ数ヶ月、身近のウイルス対策に振り回されておりました。

 きっかけは、ある4名ほどスタッフのいる事務所で作業をした際、ほとんどのマシンにウイルスソフトがインストールされていない、もしくはプレインストールのソフトが入ってはいたが有効期限が切れていた事でした。

 そこで、とりあえずある一台に無料のウイルス対策ソフトのインストールを行ったのでした。

運命は立命 

曽田です。

前々回に書いた、運命は宿命にならず、立命であるという話の続きです。

陰隲録(いんしつろく)という本があって、これを安岡正篤氏が解説をされています。

陰隲録のあらすじは以下のとおりです。

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袁了凡(えんりょうぼん)は、早く父を失い、母の手で育てられ財力に余裕がなかった。従って、当時の知識階級がするように、非常な勉強をして高等官になる試験、つまり進士の試験の準備をする暇がなかった。当時の中国で知識階級の者が一番早く世渡りの道を立てる一つの手段は医者になることでありますので、袁了凡少年は母を助けるため医者になる勉強をしておりました。

中国古代では、進士の試験に合格することが、知識階級の大きな目標であった。非常に難しいもので予備試験(郷試)という郷土で行う試験に先ず合格し、それから中央官庁の最高の試験に合格して初めて進士の称号をとる。日本の高等官試験とは比較にならぬ価値と意義のあるもので若者の最高の仕事であり難関であった。

ある日、大変立派な風貌の老翁があらわれまして、この袁少年を見て「何を勉強しておるのか」と尋ねました。少年は「父が他界したため家が貧しく、早く立身しなければならないので、母と相談をして、医者になろうと勉強している」と答えました。
 すると老人は、つくづくと少年を見て「いや、お前は立派な役人になって出世する。進士の試験にも及第する。だからそんな勉強やめて進士の試験の準備をしなさい」と教えました。その上、お前の生涯を占ってやろうと言って、「お前は私の教え通りに勉強すれば、何年、何歳の時に予備試験を何番で合格し、本試験は何番ぐらいで合格する。そしてどういう出世をして、何歳で寿命が尽きる。大変気の毒であるが子供には恵まれない」等予言しました。

 それを聞いて袁少年は非常に感動して、従来やっておった勉強を改めて専ら進士の予備試験の準備をして受験してみますと、不思議にその老翁の予言したとおりの成績で合格しました。そこで次のから数次の試験を受けましたとひろ、ことごとく予言の通りとなりました。そこで袁少年は、「なるほど人間には運命というものがあって自分の一生は決まっておる」と定命、宿命ということをしみじみ感じたわけであります。

「くだらぬ事に煩悶したり、考えたり、野心をもつたりすることは愚だ、神様がちゃんと進むべき途を予定してくれておるので、下手にもがいてくだらんことを考えても何にもならん」という一種の諦め、あるいは悟りの心境に到達しました。

 そこで生意気盛りで色々煩悶もし勉強もする青年時代から、どこか悟ったような落ち着いた一種の老成した風格が出来てしまつて、若い人に似合わぬ出来物というような人間になったわけであります。ある時、進士の試験準備のため、南京のお寺に滞在して勉強しておりました。

 そこに雲谷という禅師がおりまして「あの若者は年に似合わずよく出来ておるようだ、どういう修行をしたのだろうか」と大変興味をもった。そこで本人に向い「お前さんは、見受けたところ若いのに似合わず人物ができとるようだが、どういう学問をしたのか、どういう修行をしたのか」と尋ねました。

 すると袁青年は「いや、私は特別にそういう勉強も修養もいたしませんが、ただ少年時代に、不思議な老易者が私を見て、お前はこうこうだと予言をしてくれました。それが実に恐ろしいほど的確に当たりますので、人間には運命というものがあって決まりきっておる、くだらぬことを考えても何にもならんということに気がついて、世間の青年のようにつまらぬことを考えたり、煩悶懊悩することをやめました。あるいは、そのせいでお目にとまったのかもしれません」と素直に告白しました。

 すると雲谷禅師は、呵々大笑して「何だ、そんなことか、それじゃ昔から偉人、聖人等が何のために学問修行をしたのか全く意義がないではないか。自分の運命は自分でつくっていくのであって、学問修行というものは、それによって人間が人間をつくっていくことなのだ、そういう風に人間をつくつていくのが大自然、道の妙理、極意なのだ、お前の理屈では偉人、聖人等の学問修行は何にもならぬことではないか、馬鹿な悟りを持ったものだ」と喝破しました。

 驚いた袁青年は翻然として反省大悟いたしまして、それから改めて古聖賢の学問に参じましたところ、それから後というものは、いままで何一つ予言から外れなかったのが悉く外れるようになってきた。そして自分なりに進歩向上、出世の道も歩みまして、やがて出来ないと言われた子供もできました。

 そこで晩年に子供達の教訓としてその経緯を書いて残しました。これが陰しつ録であります。
そして自分はそれによって初めて凡人の過ちを脱したというので号を了凡―了は終わる、悟るという文字でありまして、平凡の理法を悟ったという意味―と改めました。

(安岡氏コメント)
 この書物は大変善い。そして応用のきく面白い行動の学問です。そのうちできるだけ引用をして御紹介したいと思います。ただ重ねて申し上げたいのは、多くの人々は、易というものはよく人間の運命を研究する学問だと思い、運命というものを宿命的に考えております。宿命ならば運命ではありません。
 運命は立命―新たに創造する、でありますから易は、宿命の学問ではなく立命の学問である、ということを根本的に理解しなければならぬということであります。
 易は「変わる」「変える」もの
 易は文字通り、変わるであり、変えるであります。 我々自身、われわれの人生、社会というものが、どういうものであり、どういう法則で存在し動くものであるのか、そしてそれに対して自分は如何に処し、いかに行動すべきかという原理を尋ねるのが易学であります。
 これを最初に十分理解し承知しておりますと、この易の学問というものは非常に面白い、極めて応用の効く、そして自分を救い、人をも救うことのできる大事な使命、力をもつたものであります。

「安岡正篤氏の易学の講義の引用」-----------------------------------------------

では、袁青年はどのようなことをして、易通りになっている運命を、変えていったのでしょうか?

引用文には、古聖賢の学問を とありますが、袁青年を喝破した雲谷禅師は、



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