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大阪 堺筋本町のコンサル

大阪の堺筋本町に本社を構えるテレワークのコンサルタント部4人が運営するブログです。自らに毎週(月水金)と画像を添付するという条件を課しました!

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運命は立命 

曽田です。

前々回に書いた、運命は宿命にならず、立命であるという話の続きです。

陰隲録(いんしつろく)という本があって、これを安岡正篤氏が解説をされています。

陰隲録のあらすじは以下のとおりです。

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袁了凡(えんりょうぼん)は、早く父を失い、母の手で育てられ財力に余裕がなかった。従って、当時の知識階級がするように、非常な勉強をして高等官になる試験、つまり進士の試験の準備をする暇がなかった。当時の中国で知識階級の者が一番早く世渡りの道を立てる一つの手段は医者になることでありますので、袁了凡少年は母を助けるため医者になる勉強をしておりました。

中国古代では、進士の試験に合格することが、知識階級の大きな目標であった。非常に難しいもので予備試験(郷試)という郷土で行う試験に先ず合格し、それから中央官庁の最高の試験に合格して初めて進士の称号をとる。日本の高等官試験とは比較にならぬ価値と意義のあるもので若者の最高の仕事であり難関であった。

ある日、大変立派な風貌の老翁があらわれまして、この袁少年を見て「何を勉強しておるのか」と尋ねました。少年は「父が他界したため家が貧しく、早く立身しなければならないので、母と相談をして、医者になろうと勉強している」と答えました。
 すると老人は、つくづくと少年を見て「いや、お前は立派な役人になって出世する。進士の試験にも及第する。だからそんな勉強やめて進士の試験の準備をしなさい」と教えました。その上、お前の生涯を占ってやろうと言って、「お前は私の教え通りに勉強すれば、何年、何歳の時に予備試験を何番で合格し、本試験は何番ぐらいで合格する。そしてどういう出世をして、何歳で寿命が尽きる。大変気の毒であるが子供には恵まれない」等予言しました。

 それを聞いて袁少年は非常に感動して、従来やっておった勉強を改めて専ら進士の予備試験の準備をして受験してみますと、不思議にその老翁の予言したとおりの成績で合格しました。そこで次のから数次の試験を受けましたとひろ、ことごとく予言の通りとなりました。そこで袁少年は、「なるほど人間には運命というものがあって自分の一生は決まっておる」と定命、宿命ということをしみじみ感じたわけであります。

「くだらぬ事に煩悶したり、考えたり、野心をもつたりすることは愚だ、神様がちゃんと進むべき途を予定してくれておるので、下手にもがいてくだらんことを考えても何にもならん」という一種の諦め、あるいは悟りの心境に到達しました。

 そこで生意気盛りで色々煩悶もし勉強もする青年時代から、どこか悟ったような落ち着いた一種の老成した風格が出来てしまつて、若い人に似合わぬ出来物というような人間になったわけであります。ある時、進士の試験準備のため、南京のお寺に滞在して勉強しておりました。

 そこに雲谷という禅師がおりまして「あの若者は年に似合わずよく出来ておるようだ、どういう修行をしたのだろうか」と大変興味をもった。そこで本人に向い「お前さんは、見受けたところ若いのに似合わず人物ができとるようだが、どういう学問をしたのか、どういう修行をしたのか」と尋ねました。

 すると袁青年は「いや、私は特別にそういう勉強も修養もいたしませんが、ただ少年時代に、不思議な老易者が私を見て、お前はこうこうだと予言をしてくれました。それが実に恐ろしいほど的確に当たりますので、人間には運命というものがあって決まりきっておる、くだらぬことを考えても何にもならんということに気がついて、世間の青年のようにつまらぬことを考えたり、煩悶懊悩することをやめました。あるいは、そのせいでお目にとまったのかもしれません」と素直に告白しました。

 すると雲谷禅師は、呵々大笑して「何だ、そんなことか、それじゃ昔から偉人、聖人等が何のために学問修行をしたのか全く意義がないではないか。自分の運命は自分でつくっていくのであって、学問修行というものは、それによって人間が人間をつくっていくことなのだ、そういう風に人間をつくつていくのが大自然、道の妙理、極意なのだ、お前の理屈では偉人、聖人等の学問修行は何にもならぬことではないか、馬鹿な悟りを持ったものだ」と喝破しました。

 驚いた袁青年は翻然として反省大悟いたしまして、それから改めて古聖賢の学問に参じましたところ、それから後というものは、いままで何一つ予言から外れなかったのが悉く外れるようになってきた。そして自分なりに進歩向上、出世の道も歩みまして、やがて出来ないと言われた子供もできました。

 そこで晩年に子供達の教訓としてその経緯を書いて残しました。これが陰しつ録であります。
そして自分はそれによって初めて凡人の過ちを脱したというので号を了凡―了は終わる、悟るという文字でありまして、平凡の理法を悟ったという意味―と改めました。

(安岡氏コメント)
 この書物は大変善い。そして応用のきく面白い行動の学問です。そのうちできるだけ引用をして御紹介したいと思います。ただ重ねて申し上げたいのは、多くの人々は、易というものはよく人間の運命を研究する学問だと思い、運命というものを宿命的に考えております。宿命ならば運命ではありません。
 運命は立命―新たに創造する、でありますから易は、宿命の学問ではなく立命の学問である、ということを根本的に理解しなければならぬということであります。
 易は「変わる」「変える」もの
 易は文字通り、変わるであり、変えるであります。 我々自身、われわれの人生、社会というものが、どういうものであり、どういう法則で存在し動くものであるのか、そしてそれに対して自分は如何に処し、いかに行動すべきかという原理を尋ねるのが易学であります。
 これを最初に十分理解し承知しておりますと、この易の学問というものは非常に面白い、極めて応用の効く、そして自分を救い、人をも救うことのできる大事な使命、力をもつたものであります。

「安岡正篤氏の易学の講義の引用」-----------------------------------------------

では、袁青年はどのようなことをして、易通りになっている運命を、変えていったのでしょうか?

引用文には、古聖賢の学問を とありますが、袁青年を喝破した雲谷禅師は、


善悪のバランスシートでもある「功過格」をまとめています。

雲谷禅師は、功過格で、善き事と悪いことの基準を示し、

善き事を積み重ねることで、運命は良い方向に変わっていくとしています。

その内容は次回です。



今日の写真は、久々の激写です。

その名も、何と2階から乗車する自転車があった!!!

高さ2mの位置にサドルのある自転車
(驚く女性に注目)

彼はどうやって降りるのでしょうか?
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